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2008年04月30日

マルクス・レーニン

歴史で習いましたね!

マルクス・レーニン主義(マルクス・レーニンしゅぎ)とは、マルクス主義の一つの潮流で、ボリシェビズム、ロシア・マルクス主義ともいう。レーニンの死後スターリンによって提唱された、〈ロシア革命の指導理念としてボリシェビキの指導者ウラジーミル・レーニンが案出したもの、またそれを一般化・普遍化した思想〉である。略してML主義とも表記する。

世界認識
帝国主義論
資本主義は、資源と労働力と市場の確保のため、植民地争奪戦争を必然化するとする。
無神論
「宗教は民衆のアヘンである」とのマルクスの言葉を踏襲し、宗教の存在を否定する。階級社会が発生して以来、支配階級は、民衆の目を厳しい生活からそらさせるため、常に宗教を利用してきたからである、とする。実際に、ロシア革命以降、諸宗教の数多くの教会が破壊され、聖職者及び信徒が虐殺された。マルクス・レーニン主義者の、宗教に対する否定的な姿勢は、戦闘的である。これはスターリン時代にも受け継がれ、『戦闘的無神論者同盟』などが組織された。

戦略論
プロレタリア独裁
革命後、全ての生産手段が社会化される共産主義に至るまでの時期には、反革命勢力となるブルジョワジーが残存しており、革命勢力であるプロレタリアートは奪った権力を行使して、これを抑圧しなければならないとする。後にスターリンはマルクス・レーニン主義を定式化するにあたり、レーニンにおいては共産主義に至る前段階であったプロレタリアート独裁期を社会主義であるとした。
レーニンにとって「独裁」とは、「直接に暴力に立脚し、どんな法律にも拘束されることのない権力」のことであった。(実際にはエス・エル、メンシェビキその他の政党は、ソビエト体制化でもソビエトに参加していた。ところが反革命のテロ活動を行ったとして、レーニンはこれらの政党を禁止した。)そのため、レーニン直属のチェーカーなどの抑圧機関が無制限に国民の粛清を行った。チェーカーは1922年にGPUと改名して、スターリン時代も無制限に国民の粛清を行った。「目的は手段を正当化する」、というセルゲイ・ネチャーエフの影響が強い。
永続革命論
一国でプロレタリアートの政権が成立しても、目標を実現したことにはならず、目標は全世界で共産主義社会を実現することにあるとする世界革命論を発展させ、一国でのプロレタリアートの政権の成立はそれだけでは社会主義社会への移行には不十分で、特に後進国の場合プロレタリアートの政権の維持そのものために、他国での連続した革命が必須であり、それを可能にするためには最初からプロレタリアートが革命をリードする必要があり、また既に権力の奪取が成功した国では止むことのない改革が必要であるとした。レーニンは当初、二段階革命論を主張し、永続革命論を主張するトロツキーと対立していたが、帝政の崩壊後永続革命論の立場に転じ四月テーゼを発表した。一国社会主義を標榜するスターリンはマルクス・レーニン主義を定式化するときに永続革命論を無視したので、ソビエトでは継承発展されず、トロツキーの思想の系譜につながる人々やアントニオ・グラムシなど西欧のマルクス主義者が継承し、形を変えながらも発展させた。
帝国主義戦争の内乱への転化(革命的祖国敗北主義)
自国が帝国主義戦争を起こすに至ったら、労働者は自国の戦争での勝利のために闘うのではなく、戦争に乗じて階級闘争を激化させ現体制を打倒するために闘うべきだとした。レーニンはこのようにして第一次世界大戦時に革命を成功させ、ロシアを戦争から離脱させた。
(以上、ウィキペディアより引用)

すごい人だったんですね!

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